海ノ口牧場の山梨は、八ヶ岳高原海の口自然郷の象徴のような木である。
元支配人、杉本昌三氏の写真集『高原の詩人たち』(弘済出版社、昭和53年)の表紙を飾ったことから、俄然注文を浴びるようになった。とは言え海の口自然郷の敷地内ではないので、所謂イメージのような存在ではあるが。
山梨は文字どおり山の梨で、果実の梨の原種にあたる。実を食べた訳では無いが、どうも堅くてあまり美味しくは無いらしい。宮澤賢治の童話『やまなし』には、
「どうだ。やまなしだよ。よく熟してゐる。いヽ匂だらう。」「おいしさうだねお父さん。」
「待て待て、もう三日ばかり待つとね こいつは下へ沈んで来る。それからひとりでにおいしいお酒ができるから。さあ、もう帰って寝やう。おいで。」(『新校本宮澤賢治全集第十巻』、筑摩書房、平成7年)
とあるのだが、お酒になるのは賢治の創作のようである。しかしこの父親、子供に酒を飲ませるつもりなのだろうか。
山梨の花が咲く頃は、もう春の終わり。間も無く初夏を迎える時期である。
春さればまづ三枝の幸くあらば後にも逢はむ莫戀ひそ吾妹
春去 先三枝 幸命在 後相 莫戀吾妹
命さえながらえているならばきっと後で逢うことができよう。あまり恋に心を苦しめるな。吾妹よ。(萬葉集 巻十 1895)
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