霧ヶ峰は
とは言え、実は今まで躑躅の季節に行ったことはなかった。丁度梅雨が始まる頃で天候に恵まれないのと、この時期天候が良いと、冬に備えた薪割りの作業が待っているからだ。
たまたま天気が良かったので霧ヶ峰まで行ってみたが、躑躅にはまだ少し早かったようだ。だが至る所に蕾があり、これが全て開いたら見事な光景になることは間違いない。
春から夏にかけては、もう少し時間が自由になれば良いのに、と毎年感じる。考えはじめると限りがないことだがしかし、現代人の「時間」に対する神経質さは異常だと思う。時は金なり、と言うが、文字通り、価格は品質に対してではなく、時間に対して付けられているのだ。
農作物ですら例外ではない。もし価格が品質に対して付けられるのであれば、旬の農作物は最も高値になるはずである。しかし現実は逆だ。旬になるとどこの農家も出荷するから供給過剰になり価格が下がる。旬を外せば需要が高まり価格が上がる。市場原理からすればそれで正しいのだが、何かがズレている気がする。
詰まる所、第一次産業の生産物を第二次産業の生産物と同様に扱うからおかしくなるのではないか。そう考えると、国が公定価格で米を買い上げるシステムは、それなりに良いことなのかも知れない。
無暇 不來之 君尓 霍公鳥 吾如此戀常 徃而告社
ひまが無いので、訪ねて来なかった方に、ホトトギスよ、私がこんなに恋していると、行って告げておくれ。(萬葉集 巻八 1498)
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